自宅で英語塾を開いていた母親が、あまり好きではなかったと言った。
だから、墓参りへも行かないのだろうか?
そんな美鶴の憶測は、次の瑠駆真の言葉であっさりと否定される。
「お墓が遠くてね。行ってられない」
「どこ?」
「宮崎。高千穂って場所、知ってる?」
「いや」
「すっごい山奥なんだ。母さんが死んだ時は親戚の車で行ったけど、小さい時はバスだった。宮崎県だけど、確か熊本の駅からバスだったような気がする。小さい頃に二回だけだから、よくは覚えていないけど」
「二回だけ?」
「お祖母さんが亡くなってからは、特に行く理由もなかった」
瑠駆真の母である山脇初子とミシュアルは、結婚はしていなかった。母が亡くなった時、どのような流れかはわからないが九州に住む親戚に連絡が行き、母は高千穂の山脇の墓に入れられた。
法要の日取りを聞かされ、一度岐阜に戻ったところでミシュアルの訪問を受けた。
「母さん、ほとんど親戚付き合いしてなかったからさ、九州の伯父だって言われてもわかんなくって、突然の事だったから何がどうだったかたなんてさっぱり覚えてないよ」
瑠駆真の話しぶりは、まるで他人事のよう。亡くなった母を思い出して悲しむような素振りもない。
そんなに嫌いだったのか。
ぼんやりと考え、口を開いたのは美鶴。
「突然、だったんだ」
美鶴の言葉はごく自然。別に答えを強要するような力もなかった。だが瑠駆真の脳裏に、小童谷陽翔の声が響く。
「お前が、初子先生を殺したんだ」
木霊するように響く声。振り払うように、瑠駆真は強く瞳を閉じた。
「ただの事故だよ」
その態度には、これ以上は追求してくれるなと言わんばかりの雰囲気が漂う。美鶴としてはこれ以上問い詰めようとは思わないし、聡としてもこの話題に深入りして、再び自分の家庭事情に話が及ぶのは避けたい。
中途半端に話の途切れてしまった微妙な空気を打破するべく、聡が無理やり口を開く。
「まぁ 墓参りなんて辛気臭い話はさておき、美鶴が緩を殴ったってのが嘘だと明確にわかったんだから、来た甲斐あったよ」
だが、そんな楽観的な発言に、美鶴が侮蔑の視線を投げる。
「私は昨日、先生にも同じ事を言った。でも認められずに謹慎を受けた」
今ここで、聡や瑠駆真に殴っていないと告げたところで、それが現状を変化させるとは思えない。
美鶴と同じような視線を投げてくる瑠駆真に、だが聡はニヤリと笑う。
「美鶴の謹慎は、すぐに解けるよ。たぶん、今日中か遅くとも明日」
「え?」
「なんで?」
美鶴もそうだが、瑠駆真が自分の発言に目を丸くする姿が、聡にはなんとも心地良い。いつも言いくるめられてばかりの立場だ。たまには驚かせてもみたい。
ソファーに背をあずけ、胸を張るようにして二人を見やる。
「緩がな、言い分を撤回する」
その言葉に、瑠駆真が あぁ と声をあげる。
「朝、小童谷にも同じような事を言ってたな」
「あぁ たぶん今ごろは先生にでも謝りに行ってるんじゃねぇのかな?」
だからよ とテーブルの菓子を無造作に掴む。
「もうすぐ美鶴の謹慎は解けるって」
「でも、何で君の妹はいきなり撤回なんて」
食い下がろうとする瑠駆真に聡は一瞬言葉に詰まり、菓子を口に放り込んで時間を稼いでからようやく答えた。
「それは企業秘密でね」
企業秘密って、いったい何よ?
訝しむ美鶴の視線に苦笑しながら、だが聡は、自宅謹慎はもうすぐ解けると、自信満々に宣言してみせるのだった。
右手にコントローラーを握り締めたまま、緩は左手を携帯へ伸ばす。顔はテレビ画面へ向けたまま。現実でならあり得ないツンツンとした紫の短髪男性が、少し頬を赤らめながらこちらを見つめている。
っんもう! 誰よ? 今、いいトコなのに
だが、チラリと携帯画面を確認するや、慌てて通話ボタンを押す。
「もしもしっ」
「もしもし、緩さん?」
歌うような、だがどことなく粘り気を帯びた声。緩は無意識に姿勢を正す。
「廿楽先輩。あの、何か?」
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